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東京高等裁判所 昭和14年(不明)137号 判決

原告 社團法人 日本放送協會

訴訟代理人 公莊惟和

被告 埼玉縣知事 西村實造

訴訟代理人 古川喜治 外一名

主文

埼玉縣川口市長が昭和十四年五月十二日附を以て原告の滯納にかゝる市税家屋税附加税昭和十二年度隨時分六十八圓二十一錢、同十三年度上半期分五十一圓十六錢、市税不動産取得税附加税、同年度隨時分四千二十六圓九十錢外十三口合計一萬五千八百四十九圓三十錢督促手數料延滯金合計二千四百四十九圓三錢を徴收する爲原告所有の同市上青木町三丁目九百六十番の一田九畝十一歩外十五筆に對してなした差押處分及之に對する原告の訴願について被告が同十四年八月二十三日附を以てした裁決を取消す。

訴訟費用は被告の負擔とする。

事  實

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、其の請求原因として、埼玉縣川口市長は原告に對し昭和十三年三月五日附を以て市税家屋税附加税昭和十二年度隨時分六十八圓二十一錢、同十三年七月十三日附を以て同年度上半期分五十一圓十六錢、同年四月六日附を以て市税不動産取得税附加税同年度隨時分四千二十六圓九十錢外十三口、合計一萬五千八百四十九圓三十錢を賦課したが、原告は之に不服があつたので納税をしなかつたところ、同市長は右税金及督促手數料延滯金合計二千四百四十九圓三錢を徴收するため、昭和十四年五月十二日附を以て、原告所有の同市上青木町三丁目九百六十番の一田九畝十一歩外十五筆の不動産を差押えた。しかし(一)右市税家屋税附加税及不動産取得税附加税賦課の基礎となつている本税たる埼玉縣税家屋税昭和十二年度隨時分百二十一圓八十二錢、同十三年度上半期分九十一圓三十七錢、埼玉縣税雜種税不動産取得税同年度隨時分十四口合計一萬四百八十二圓六十二錢の賦課については、行政裁判所昭和十五年十二月二十四日宣告同十四年第九一號家屋税及不動産取得税賦課取消請求事件の判決において取消されたから、この取消された本税を根據とする本件附加税の賦課は無効であるから、右差押處分は違法である。(二)埼玉縣税賦課條例第三十九條には、「左ノ各號ノ一ニ該當スル者ニ對シテハ雜種税ヲ賦課セズ」とあつて、其の第五號には「左ニ掲グル不動産ノ取得(一)官公用又ハ公共ノ用ニ供シ若シクハ學藝、美術、祭祀、宗教、慈善等ノ用ニ供スル目的ヲ以テ取得シタル不動産」と規定しているから、不動産取得の目的が公共の用に供せんとする場合には雜種税を課すべきものでないことは明らかである。原告の目的及事業の性質は私益を目的としないばかりでなく、進んで國家社會の爲にする事業即ち公共事業であることは疑を容れる餘地がないから、原告がその目的事業である放送事業の用に供する目的で新築した第一放送所の各建物が右條例第三十九條第五號の(一)に所謂公共の用に供する目的を以て取得した不動産に該當し、其の取得に對し雜種税不動産取得税を課すべきものではない。又同條例第十二條には「左ノ各號ノ一ニ該當スル建物ニ對シテハ家屋税ヲ賦課セズ」と規定し其の第一號には「祭祀、宗教、慈善、學術、技藝其ノ他直接公益ノ用ニ供スル建物」とあるから、直接公益の用に供する建物に對しては家屋税を賦課することができない。元來放送行爲は一定の機械器具と之を運用する人を日夜配置する必要がある。從つてこの人を收容する舍宅及合宿所は放送事業用として直接必要であつて、他の用途には絶對に使用しないところである。從つて右舍宅及合宿所は、放送の爲直接其の用に供するものであつて、原告は其の職員に右宿舍に於て義務的に居住させ、又之を無償にて使用させつゝあるものであるから、本件舍宅及合宿所は右條例第十二條第一號に所謂直接公共の用に供する建物に該當するが故に、之に對し家屋税を賦課したのは違法である。又無線電信法第二十八條、電信法第十一條に依るも、不動産取得税及家屋税を課し得べきものではない。從つて右縣税雜種税不動産取得税及家屋税の賦課は何れの點からも違法であつて、本件附加税の賦課も亦違法であるから本件差押處分は違法である(三)被告は本件市税不動産取得税附加税及家屋税附加税の賦課については異議申立もなく有効に確定したものであるから、この有効に確定した市税の賦課に基いて爲された本件差押處分は其の賦課の違法を理由として取消を求むることを得るものでないと主張するが、原告は、右附加税の賦課が違法であるから、川口市長に對し昭和十三年五月二十五日及十月六日異議の申立をしたのに拘らず、同市長は之を同市参事會の決定に付することをしなかつたから、右附加税の賦課は未だ確定していない。從つて本件差押處分は違法である。即ち原告は縣税不動産取得税及家屋税と市税不動産取得税附加税及家屋税附加税の賦課を受けたが、該賦課は前述の樣に違法であるから、川口市長に對し昭和十三年五月二十五日及十月六日縣税については府縣制第百十五條第一項により埼玉縣知事に異議の申立をした旨の記載ある申立書を添付し、「縣税賦課ニ對スル異議申立ニ關スル件右別紙寫ノ通リ埼玉縣知事ニ對シ本日附申請候條御含置願度候」との記載ある書面を送付したことにより、本件市税の賦課に對しても異議の申立があつたものと見るべきである。元來異議申立には、法令上一定の形式を具備する必要がない、賦課の取消を求める趣旨があれば充分である(昭和十年七月十三日宣告行政裁判所昭和八年第百十四號事件判決参照)から、本件の樣に、本税に對し異議申立をした書面を添付し、其の附加税徴收者に對し附加税についても「御含置願度」と通達した以上、附加税についても本税同樣不服であるから諒承せられ度いとの通告をしたものと解するを相當とする。もし右の樣に解するのでなければ、原告は何の必要と理由とがあつて態々川口市長にかゝる書面を提出したかは常識上解することを得ないではないか。之を要するに、本件差押處分は違法であつて、之を是認した被告の裁決も亦違法であるから、之が取消を求めるため本訴に及んだのであると陳述した。〈立證省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負擔とするとの判決を求め、答辯として、(一)本件市税家屋税附加税及不動産取得税附加税賦課の基礎となつている原告指摘の本税である各縣税の賦課が原告指摘の行政裁判所の判決において取消されたことは認めるが、右取消された本税は縣税であつて、本件の賦課は市税であるから、右縣税が取消されたからといつて直ちに市税の賦課が無効となるものではない。從つて本件市税の賦課が取消されない限り、之が滯納を理由として爲された本件差押處分は違法ではない。(二)原告は原告の目的及事業の性質は、私益を目的としないばかりでなく公共事業であるから、原告がその目的事業である放送事業の用に供する目的で新築した第一放送所の各建物が埼玉縣税賦課條例第三十九條第五號の(一)に該當し、その取得に對し不動産取得税を賦課すべきものではない。又第一放送所附屬の舍宅及合宿所は右條例第十二條に所謂直接公益の用に供する建物であるから、同條により家屋税を賦課すべきものではない。又無線電信法第二十八條電信法第十一條によるも不動産取得税及家屋税の賦課は失當である。從つて本件市税不動産取得税附加税及家屋税附加税の賦課は何れの點からするも違法であるから、本件差押處分は違法であると主張するも、本件市税不動産取得税附加税及家屋税附加税の賦課については、異議の申立もなく有効に確定したものであるから、この有効に確定した市税の賦課に基いてなされた本件差押處分は其の賦課の違法を理由として取消を求めることを得るものではない(昭和七年十月十五日宣告行政裁判所昭和六年第二百三十五號事件判決参照)。(三)原告は本件市税不動産取得税附加税及家屋税附加税の賦課が違法であるから、川口市長に對し昭和十三年五月二十五日及十月六日異議の申立をしたのに拘らず、川口市長はこれを同市参事會の決定に付することをしなかつたから、右附加税の賦課は未だ確定していない。從つて本件差押處分は違法であると主張し、縣税については府縣制第百十五條第一項により埼玉縣知事に異議の申立をした旨の記載ある申立書を添付し、「縣税賦課ニ對スル異議申立ニ關スル件右別紙寫ノ通埼玉縣知事ニ對シ本日附申請候條御含置願度候」との記載ある書面を川口市長に送付したことにより、本件市税の賦課に對しても異議の申立があつたものと見るべきであるとし、種々論ずるところがあるが、川口市長に對する右書面は縣税賦課に對する異議申立を埼玉縣知事に提出したという單なる通知と解するの外がない。此點について、原告は異議申立には法令上一定の形式を具備する必要がない。賦課の取消を求むる趣旨があれば十分であるというが、「御含置願度」の文言を以て、附加税についても本税同樣不服であるから諒承せられたいと解するのは、形式ではなく文理解釋の問題であつて、社會通念上左樣には解することができない。又原告は、右文書を以て原告主張の樣に解するのでなければ、原告は何の必要と理由があつて態々川口市長に之を提出したか常識上解することができないではないかというが此の點については、市税の徴收行爲は市長がするものであるから、本税について異議申立があつた以上、本税の賦課が違法であるとして取消されたときは、附加税も亦當然同一の運命に歸するものであるから、附加税については異議申立の方法に依らないが、川口市長は之が徴收については、本税の賦課が確定する迄は中止せらるることを要求したものとも思考せらるるから、原告の右主張も亦主觀的主張に過ぎないものと見るべきである。之を要するに本件差押處分は何等の違法がないから正當であつて、之を是認した被告の裁決も亦正當であつて原告の請求は理由がないと陳述した。〈立證省略〉

理由

附加税は本税の客體を其の客體とし、本税の税額を標準として賦課せらるべきものであることは、市制、町村制、地方税に關する法律、地方税制限に關する法律の規定の趣旨に徴して明らかであるから、附加税の成立する爲には、本税が適法に賦課せられ、其の税額が決定していなければならない。從つて本税の賦課が行政裁判所の判決によつて取消されたならば、本税を基準として賦課せられた附加税は、その成立の基礎を失いその賦課は無効となるものと解するを相當とする。本件市税家屋税附加税及不動産取得税附加税の基準となつた縣税家屋税及不動産取得税の賦課については、行政裁判所昭和十五年十二月二十四日宣告同十四年第九一號家屋税及不動産取得税賦課取消請求事件の判決によつて取消されたことは、當事者間に爭のない所であるから、本件市税家屋税附加税及不動産取得税附加税の賦課は無効であるから、之が賦課の有効なることを前提としてなされた本件差押處分及之を是認した被告の裁決は倶に違法であつて、之が取消を求める原告の請求は正當である。從つて他の爭點に關する判斷を省略し、訴訟費用に付いて民事訴訟法第八十九條を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長判事 大野璋五 判事 柳井昌勝 判事 渡邊葆 判事 山口嘉夫 判事 堀五之介)

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